pexels-photo-774866.jpeg

私の中でエネルギーレベルで合わないと判断している人にわざわざ付き合わない。自分の人生に取り入れたくないものの1番だ。合わないとか、嫌いとかでなく思考の行く先や、生きていく基準の話です。わかりやすく言えば、どういうグループにいたいか(実際はグループに入るわけではないですよ(汗))写真 2018-02-09 16 58 19自分で書いてみるとよくわかる。自分にとってどういうジャンルにいたいのか。わかりやすく書いたけど。いたくない場所関わりたくない人でいうと「悪口や依存的な集まりを好む人」というところ。また、OKな方でいうと「先につながる見えない投資と信頼関係」これは私がもっとも大事にしているところ。この部分がNGと思ってる人とは、合わないということだから、自分が仕事するうえで、タッグは組まないであろうというところ。つまりのところは、そういう信念に近いところの部分で、振り分けというか、自分が選択してそっちに入りこんでいくのだ。だから、自分がいたい人たちが周りにいるのは、そのせい。それができないといってるうちは、できない人だけが集まるか、生きていく要領のいいひとが集まるんかもしれなない。そこが居心地よければそれでいいのだ。だから、わざわざそれを知っていれば、そこに行くのに改めて悪口なんて言わなくて、尊重しているだけなのだ。行く権利があるのだから、自ら選択していったのなら別にヨシなのだ。相手は自分の鏡とはそういうところを言うのではないかと思う。居たくなければ、ただたんに静かにそこから去ればいいだけ、自分が正しいと思ってけんかしたり、文句いったりするのは違う気がする。ただそこにいなければいい話なので。そう思えばスマートにシフトチェンジした方が結果的にいいのだ。あれ?そういえばあの人いないね~程度で(笑)

いつも私は客観的にそういう風にして自分を見るようにすることをふと思い出したときにやってみている。軌道修正的なこと。これは私のセルフセラピーでもある。よくいう人間関係や環境の断捨離ってやつ。実際にそうするわけではなく、頭の中でこうやって整理するだけでも全然違う。滞りがスムーズになるのがよくわかる。なんでも心で一回区切りをつけてやると、気も引き締まるし、一回手放したことと同じ状態ができる。頭の中でまだぐずぐず思っているのなら、その時だけでも一回無にして、手放せばいいのだ。それすらもできないときは、執着心ということ。執着心はなぜその執着がおきるのかを自分で掘り下げていけば、よくよくもっと深くて単純な場所に気づく。別の原因が多いのね。そういうのって。私は数年かけてその時その時のタイミングで必要な人にカウンセリングや指示をしていただき、自分と向き合うことに時間もお金も徐々に使ってきました。ただし、信頼に値する人にしかカウンセリングや指示を仰ぎません。そうそう誰にでもしてほしくないからです。ここまで深く持ち続けた自分のトラウマや謎の部分を想像がつく言葉で丸め込まれたくないのです。だからエネルギー波動の高い人にお願いする。この人!って思ったらすぐいう(笑)でもね、どんなにいいヒーラーさんでも、私はその人のこもるエネルギーがあると、遠慮する。やっぱり内面からクリーンでパワフルなエネルギーの人に声かけちゃうな♪ということで、思うこと多々あり。まだまだテーマが降ってきたけど、ぼちぼちブログ書いていこう。